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東京高等裁判所 平成8年(ラ)1897号 決定 1996年12月03日

抗告人

朝銀千葉信用組合

右代表者代表理事

李光煕

右代理人弁護士

大原明保

主文

一  原決定を取り消す。

二  栗山正根に対する売却を不許可とする。

理由

一  抗告人は、主文同旨の裁判を求め、その抗告の理由は、別紙抗告理由書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  借地権の及ぶ範囲について

抗告人は、評価人が当初の評価書では借地権の及ぶ範囲を借地の全体としていたのに、その後、再評価書において借地権の及ぶ範囲を借地の八〇パーセントと縮減したのは不当であると主張するので、先ず、その当否について検討する。

一件記録によれば、本件競売物件である原決定別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、東武太田駅の南東方約1.2キロメートルに位置し、規模の大きい区画整理地域で一般住宅・店舗・事務所等の混在する第二種住居専用地域にあり、幅員一二メートルの幹線道路に接面していること、本件建物の所有者栗山勝男こと具勝男は、その敷地である太田市飯塚町一五三五番地所在の宅地二三四五平方メートル(以下「本件借地」という。)について、その所有者坂庭正久との間で、昭和四九年三月二日、存続期間四〇年、地代・一平方メートル当たり一か月六〇円五〇践、支払期・毎月末日とする賃借権設定契約を締結し、同月一八日、その旨の賃借権設定登記を経由したこと、具勝男は、右賃借権設定契約の締結にあたり、坂庭正久に対し、権利金三五四万七〇〇〇円を支払ったこと、本件借地の平成四年一一月時点での地代は一か月当たり一七万〇二八〇円であること、具勝男は、昭和四九年一二月二〇日、本件借地上に本件建物を新築し、昭和五〇年三月七日、本件建物につき所有権保存登記を経由し、本件借地を本件建物の敷地及び庭として使用してきたこと、具勝男は、平成二年一〇月一六日、抗告人との間で、抵当権者を抗告人、債務者を株式会社丸商(代表取締役具勝男)、債権額八〇〇〇万円とする本件抵当権設定契約を締結し、同月一九日、その旨の抵当権設定登記を経由したこと、具勝男は、その後の平成三年一一月七日、本件借地上に本件建物の北側に隣接して件外建物(家屋番号一五三五番の二、事務所・店舗、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建、床面積・一階187.65平方メートル、二階218.69平方メートル)を新築し、同月二五日、件外建物につき所有権保存登記を経由したことが認められる。

ところで、土地賃借人が当該土地上に所有する建物について抵当権を設定した場合には、原則として、右抵当権の効力は当該土地の賃借権に及び、右建物の競売による買受人と土地賃借人との間においては、右建物の所有権とともに土地の賃借権も買受人に移転するところ(最高裁昭和四〇年五月四日第三小法廷判決・民集一九巻四号八一一頁)、具勝男は、本件借地を本件建物の敷地及び庭として使用してきたものであるから、本件借地権の効力は本件借地の全体に及ぶものと認めるのが相当であり、かつ、本件抵当権の効力は本件借地権に及ぶから、具勝男が本件抵当権設定後に新築した件外建物の敷地利用権は、本件建物の抵当権者である抗告人及び本件建物の競売による買受人に対抗することができないものである。

評価人は、本件借地のうち件外建物の敷地部分を二〇パーセントとみて、本件借地権の及ぶ範囲を本件借地の八〇パーセントに縮減したものと認められるが、本件借地権の効力は本件借地の全体に及び、本件抵当権の効力は件外建物建築後も依然として本件借地権に及んでいるから、評価人が本件借地権の及ぶ範囲を本件借地の八〇パーセントに縮減したのは相当でない。

なお、件外建物の敷地利用権は、本件建物の競売による買受人に対抗することができないので、これを法律上の負担として考慮する必要はないが、建物等の収去土地明渡のための交渉や訴訟手続のために費用と時間を要すること、明渡を受けるまで土地の使用収益が妨げられ、本件借地上に件外建物が存在することが買受人にとって不利益であることは否定できないから、本件借地権の評価にあたっては、別途諸般の事情を考慮して事案に応じた減額をすることは妨げないものと解される。

2  借地権割合について

次に、抗告人は、評価人が本件借地権の割合(敷地利用権割合)を建付地価格の一割とみて借地権価格(敷地利用権価格)を評価したのは、誤りであると主張するので、この点について検討するに、抗告人提出の相続税の路線価図によれば、本件借地は借地権割合五割の地域に位置していること、本件借地の近隣ないし周辺の借地権割合は右路線価図においていずれも四割ないし五割とされていることが認められる。

ところで、借地権割合は、近隣地域内又は周辺の類似地域内で行われた借地権の設定・譲渡及び底地の譲渡の取引事例により、更地価格の何割で取引されたかを調査し、これにより、その地域の標準的な借地権割合を求めるものである。そして、相続税評価の借地権割合は、課税目的のために設定されたものであり、路線ごとに画一的に定められており、実際に取引される場合の借地権割合を正確に反映したものとはいえず、また、実際の取引における借地権価格は、その地域の借地権割合のみで定まるものではなく、その借地権の個別的諸要因を反映して、同一の地域内においても価格差を生じるものではあるが、相続税評価の借地権割合の算定にあたっても、取引の実情はある程度反映されており、相続税の路線価図に示された借地権割合を参考として借地権割合を定めて取引されることも多く、このような取引方法は借地権の取引において相当程度のウェイトをもっており、借地権の評価にあたって参考になるものである。なお、相続税評価における借地権価格の評価について、借地権割合による算定方法が使用されたことから、この借地権割合による手法が普及し、従来借地権の取引慣行の成熟していなかった地方都市等においても、借地権割合に応じた借地権価格が形成されていったという現象が生じている。

このように借地権割合による借地権評価が実務上も行われているところ、前認定のとおり、本件借地は、路線価図において借地権割合五割の地域に位置しており、本件借地権の存続期間は四〇年と長期間のものであり、具勝男は、土地賃貸人に対し権利金三五四万七〇〇〇円を支払い、本件借地について賃借権設定登記を経由し、地代として一か月当たり一七万〇二八〇円を支払っていること(抗告人において執行裁判所の許可を得て平成七年九月分以降の地代を代払いしている。)を考慮すると、評価人が本件借地権の割合(敷地利用権割合)を建付地価格の一割とみて借地権価格(敷地利用権価格)を評価したのは、本件借地権の価額を不当に低く評価し、その結果、借地権付建物である本件建物の価額を不当に低く評価することになったというべきである。

3  そうすると、評価人の本件建物の評価には本件借地権の及ぶ範囲の認定と本件借地権割合の算定についての評価の方法とその評価額に重大な誤りがあったものであり、原裁判所が右評価に基づいて本件建物の最低売却価額を決定したことにも重大な誤りがあるというべきである。したがって、右最低売却価額に基づいてされた栗山正根に対する本件建物の売却は、不許可とすべきであり、これを許可した原決定は、その余の点について判断するまでもなく、取消しを免れない。

三  結論

よって、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消し、栗山正根に対する売却を不許可とすることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官永井紀昭 裁判官小野剛 裁判官山本博)

別紙抗告理由書<省略>

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